排出放射性物質影響調査

過去の主な成果

土壌から農作物への放射性セシウムの移行について

再処理工場や原子力発電所といった原子力施設周辺で監視されている放射性物質の一つに放射性セシウムがあります。セシウムは核分裂によって生成される主な放射性物質であり、セシウム137の半減期は約30年と比較的長いため環境中に放出されると長期間にわたって存在することがその理由です。

現在環境中に存在する放射性セシウムは、1950年~1960年代に行われた大気中核実験で放出されたものや原子力施設の事故で放出されたものです。放射性セシウムは環境中を様々な形態・経路で動きますが、その一部は飲料水や農畜産物などを通して人体に入り、放出される放射線によって被ばくすることになります。

2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故では、放射性セシウムによる土壌と農作物の汚染が深刻な問題となりました。本調査は福島原発事故以前に行われたものですが、環境中に放出された放射性セシウムがどのように動くのかを知る上での基礎データとして大変活用されました。ここでは、大気中核実験に由来する放射性セシウムの土壌や農作物中の濃度、土壌から農作物への移行に関しての調査結果について紹介します。

放射性セシウムが地上に落ちた後

画像:セシウム137の深さ方向の濃度分布

1950年~1960年代を中心にアメリカや旧ソ連、中国などにより大気中核実験が数多く行われ、核分裂でできる放射性セシウムも風にのって世界中に広がっていきました。放出された放射性セシウムはその後、地上に落ちてきます。青森県内でもこの当時、1年あたりで比較して最大で福島原発事故の10倍以上の量の放射性セシウムが落ちてきたと推測されています。

放射性セシウムはもともと天然に存在する物質ではなく、大気中核実験以前は環境中に存在していませんでした。したがって人の手が入っていない土地を調べれば落ちてきて土壌に入った放射性セシウムがどのように動いたのか調べることができます。そこで2003年、六ヶ所村の未耕作地で土壌中の放射性セシウムについて調査を行いました。

測定結果を見ると、地表付近は濃度が高く深くなると濃度が低くなること、地面から10cmの深さのところまでに90%以上のセシウムが残っていることがわかりました。放射性セシウムは雨や植物などの影響によって自然に深い方へ移動していると思われますが、40年経過した後も平均すると5cm程度しか移動しておらず、移動するスピードが遅いことがわかりました。

画像:セシウム137の深さ方向の濃度分布

放射性セシウムの土壌中移動スピードはなぜ遅い

そこで放射性セシウムが土壌に入った後どのような状態になるのかを調べるために様々な実験を行いました。

放射性セシウムが土壌中を移動する一つの要因として雨水などの水に溶けて移動することが予想されます。そこで、実際に土壌に放射性セシウムを入れた後、どの程度水に溶け出すのか実験を行いました。その結果、土壌に入れて4時間経過した時点で約1%しか溶け出してこないことがわかりました。さらに100日も経過すると約0.1%しか溶け出してこなくなることがわかりました。

画像:セシウム137を土壌に加えてからの経過日数と土壌から水に溶け出る割合

次に放射性セシウムは土壌の中でもどのような成分の中に存在するのか調べてみました。土壌は大きく分けると下図のような3つの成分に分けることができますが、その中でも砂や粘土といった粒子(F3)と結合して存在している放射性セシウムが最も多いことがわかりました。

画像:土壌中の放射性セシウムの存在割合

更に粒子中のセシウムがどのような形で存在しているのか電子顕微鏡により観察を行い調べました。その結果、セシウムは土壌中の微小粒子である粘土鉱物の隙間に入り込んで存在しており、下図のような状態になっていることがわかりました。

画像:粒子中のセシウムがどのような形で存在しているのか電子顕微鏡により観察した様子

このように放射性セシウムは土壌中の粒子と強く結びつくため水に溶けにくく植物にも吸収されにくい状態になるので、土壌中を移動するスピードが遅くなることがわかりました。では土壌から農作物への放射性セシウムの移行はどうなのでしょうか、更に調査を進めました。

土壌から農作物への移行

農作物が作られる耕作地では人の手が入っているため、未耕作地とは放射性セシウムの深さ方向への分布が違います。耕作地で調べた結果、耕作により表層部分は耕されて混合されるため、図のように25cm程度までは一定濃度になっています。また40cmよりも深くなると検出されず、この結果からも放射性セシウムの移動速度が遅いことがわかります。更に青森県内各地の耕作地の放射性セシウム濃度を調査し、平均値が土壌1キログラムあたり11ベクレルとなることがわかりました。

画像:セシウム137の深さ方向の濃度分布と青森県内耕作地の放射性セシウム濃度分布
画像:青森県内の農作物を対象に食べられる部分(可食部)で生の状態の時の放射性セシウム濃度の測定結果

次に青森県内の農作物を対象に食べられる部分(可食部)で生の状態の時の放射性セシウム濃度を測定しました。また天然の放射性物質であるカリウム40の濃度も測定したので、その結果もあわせて示します。

放射性セシウムの濃度はほとんどが1kgあたり0.1ベクレル以下という結果になりました。この結果から、農作物の種類によって移行した後の濃度が異なること、土壌中濃度よりもかなり低い濃度ではあるが農作物へ放射性セシウムが移行すること、がわかります。

この測定結果は青森県内耕作地のセシウム137平均濃度が11ベクレル/kgの条件下で得られたものとも言えます。土壌中の放射性セシウムの濃度が違う場合はどうなるのでしょうか。このような時に「移行係数」という数値が使われます。「移行係数」とはどのようなもので、どのような時に使われる数値なのでしょうか。

画像:青森県内の農作物を対象に食べられる部分(可食部)で生の状態の時の放射性セシウム濃度の測定結果

放射性物質の移行を予測するための「移行係数」

画像:放射性物質の移行を予測するための「移行係数」

「移行係数」とは土壌中の放射性物質の濃度を1として農作物中の濃度がどのくらいになるのかを示す数値です。土壌中の放射性物質濃度がわかれば農作物中への移行を予測するための数値として使うことができます。福島原発事故で放出された放射性物質による土壌汚染の際には、その地域で栽培される農産物中の放射性物質濃度がどの程度になるのかを予測するための数値として活用されました。

本調査では大気中核実験由来である土壌中放射性セシウムの農作物への移行係数を求めました。

画像:放射性物質の移行を予測するための「移行係数」
農作物の種類による移行係数の違い

グラフのように移行係数は農作物の種類によって異なります。また同じ種類の農作物でも移行係数は通常2桁程度変動します。その理由は、土壌の種類によってセシウムが固着する程度が異なることや、セシウムが土壌に入った後の経過時間によっても変動するからです。

このように変動が大きい移行係数ですが、再処理工場がある六ヶ所村の土壌、農作物を対象に成長条件や気象条件、放射性物質の放出時期や経過時間などの条件をより精確に限定することで、より現実的な移行係数求めることが可能となります。

このようにして求められた移行係数は、再処理工場から排出される放射性物質から受ける被ばく線量を求めるためのプログラム(モデル)にとって、非常に重要な値となります。

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