これまで高線量の放射線をマウスが受けると体重が減少するという現象は数多く報告されています。しかし、放射線によって体重が増加するという現象はほとんど報告されたことがありませんでした。
低線量率放射線をマウスに照射してその寿命の変化を調べる実験(詳細は寿命試験を参照)を行っている中で、ある照射条件のマウスの集団で非照射の集団と比べて体重が有意に増加していることが明らかになりました。 そこでこの現象に着目し、研究を進めることになりました。
寿命試験は、1日当たり0.05、1、20ミリグレイの3条件の低線量率放射線をオス、メスマウスそれぞれ500匹の集団に連続照射する形で行われましたが、体重増加は1日当たり20ミリグレイ照射したメスマウスの集団で観察されました。この条件で63~280日齢までメスマウスに連続照射した際の体重増加のデータを示します。
照射を開始して約110日後の175日齢から、照射したメスマウスの体重が照射しないものと比べて大きく増加する傾向が見られ、280日齢の時点では照射したマウスが平均40グラムとなり非照射マウスよりも約20%程度、体重が増加したことがわかります。もし人間で例えるとすると、通常なら50kgとなるはずだった人が放射線の影響で60kgになった、という結果になります。当然、体重は食べる量に大きく左右されますのでマウスがエサを食べる量についても調べていますが、この2つの集団の間で差は見られませんでした。
そこで最初に、どこの部分の重さが増えたのか、体の中で何が起こっているのか、体重増加の要因について更に詳しく調べることにしました。
照射マウスの体重増加の要因を調べるため、 1日あたりに20ミリグレイで63日齢から放射線を連続照射して280日齢になった照射マウス及び同日齢の非照射マウスを解剖して脂肪組織の重さを調べました。その結果を以下に示します。
照射したマウスの内臓脂肪、皮下脂肪ともに照射しないマウスに比べて約1.5倍増加していることがわかりました。あわせて体脂肪率の測定も行いましたが、照射したマウスは体脂肪率も増加していました。従って、「照射したマウスは脂肪組織が重くなったから体重が増加した」ということが明らかになりました。
また、マウスの血液中の脂肪や肥満に関する物質の量に変化がないか確認するため、血液検査を行いました。
血液中の脂肪の量を表す中性脂肪やコレステロールの数値が全て増加していることがわかります。また、肥満の状態になるとレプチンという血液中のタンパク質が増加することが知られていますが、照射したマウスでは2倍以上の高い数値を示すことがわかりました。
このことから照射したマウスでは、ヒトでいう高脂血症、肥満に近い状態であることがわかりました。
1日あたりに20ミリグレイという線量率は研究所の定義では低線量率に入りますが、一般的には決して低い線量率ではありません。また体重増加が見られた約100日間の照射で総線量は2000ミリグレイとなるため、高線量の被ばくとなります。従って何らかの変化が起こることは想定されましたが、体重増加は意外な結果でした。
体重増加の原因を突きとめるためには照射マウスと非照射マウスの違いを見つけることが重要です。そこで一般に肥満の原因として知られている事象と放射線被ばくによる影響として知られていることの中から、メスマウスで特に影響が見られることを手がかりに以下のような仮説をたてました。
メス猫で不妊手術のため卵巣を摘出すると、ホルモンバランスが崩れて太りやすくなることがわかっています。また、卵巣組織は一般的に放射線に対して感受性が高い、つまり弱い組織であることがわかっています。今回、体重増加がメスに特に見られたということからも、メスマウスの卵巣が体重増加の大きな原因になっているという仮説をたてました。この仮説を実証するために更に調査を進めました。
1日あたりに20ミリグレイで63日齢から放射線を連続照射して280日齢に達したマウスについて、その卵巣を調べた結果を以下に示します。上は卵巣部分、下は卵巣組織を薄くスライスして顕微鏡で観察した写真です。
照射したマウスの卵巣は小さくなっており、萎縮していることがよくわかります。このことからやはり放射線による体重増加は放射線による卵巣の萎縮が原因である可能性が高いと考えられます。更にこの卵巣の変化について、体重増加の前後でどのようになっているのか調べることにしました。
放射線による体重増加についてより詳しく調べるために、1日あたり20ミリグレイで63日齢から300日齢まで連続照射したメスマウスの集団および同日齢の照射しないマウスの集団ごとの体重変化について統計処理して示した結果が右の図です。その結果、260日齢で体重に有意な差があることが認められました。他に脂肪の重さや血液検査の結果からも260日齢で有意な差が認められました
そこで、図中の矢印で示した140、175、210、260日齢の卵巣組織の顕微鏡写真を以下に示します。
140日齢では変化は見られませんが、体重増加が見られるより前の175日齢にはやや萎縮が、210日齢では明らかな萎縮が、また体重増加が見られた260日齢では著しく萎縮していることが観察されました。この結果から、体重増加前には卵巣の萎縮が見られることがわかりました。
以上の結果から、放射線によるメスマウスの体重増加は、低線量率放射線の長期連続照射によって卵巣の障害が発生し、マウス体内のホルモンバランスが変化して発生することが明らかになりました。
寿命試験から始まった実験動物を使った大規模な実証試験を行ったことで、「放射線によって体重が増加する」という現象を世界で初めて観察することができその原因も検証することができました。 このような肥満や卵巣障害が寿命試験で見られた寿命短縮やがんの発生にどのように関わっているのか、更に調査を進めています。
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