排出放射性物質影響調査

過去の主な成果

人体内での炭素の動きについて

再処理工場の運転にともない放射性廃棄物が出てきますが、そのうちの一部に取り除くことが困難なものがあり、最終的に気体状のものは大気へ排出、液体状のものは海洋へ排出されます。大気に排出される放射性物質の一つに放射性炭素(14C)があり、周辺住民の科学的に正確な被ばく線量を予測するためには、その放射性物質の動きを正確に予測することが求められています。

放射性炭素は、再処理工場から排出される放射性物質に起因する周辺住民の被ばく線量の中で多くを占める放射性物質であることが予測されています。また、放射性炭素は体内に取り込まれて内部被ばくの形で放射線を受けるタイプの放射性物質であり、取り込まれた放射性炭素が体内でどのように動き、出ていくのかを知ることが必要です。ここでは、人体内での炭素の動きについて調査した結果を紹介します。

画像:ICRPモデル(放射性炭素の人体内の動き)

再処理工場から排出される放射性炭素は、そのほとんどが二酸化炭素の形で排出されます。放射性炭素から出る放射線は、弱いベータ線で透過力が小さいため、体外から放射線を受けた場合はその影響は極めて小さなものになります。しかし、排出された放射性炭素は二酸化炭素の形であるため光合成によって植物に取り込まれ、その一部は農作物から食物として人体内に取り込まれることが想定されます。従って、放射性炭素による内部被ばくを考慮する必要があり、人体内に取り込まれた放射性炭素がどのように動き体内に残留するのかを評価することが重要になります。

これまで放射性炭素の人体内の動きはICRPモデルという評価方法がつかわれています。このICRPモデルは、人体をよく撹拌されている16kgの水(実際には炭素)が入った容器と仮定して、そこへ1日当たり300gの水が流れ込み、同量が流れ出している状態を想定しています。この中に放射性物質が一回入ると、放射性物質が入った水は一定量が流れ出すとともに新しい水が入ってくることから、放射性物質の濃度は徐々に薄まっていきます。このモデルにより計算すると、ある時点に放射性物質が入った場合に半分の濃度になる時間(生物学的半減期)は約40日となり、この数値が放射性炭素の内部被ばく線量を計算する重要な値となります。

しかし、ICRPモデルは人体をこのような非常に簡素なモデルとしていることから、実際に炭素が人体内でどのように動くかを実験によりデータを収集し、評価することとしました。

画像:ICRPモデル(放射性炭素の人体内の動き)

ヒトにおける炭素代謝実験

放射性炭素(14C)による内部被ばく線量を予測するためには、取り込まれた放射性炭素が人体内にどのくらいの間、残留するかを知ることが必要となります。しかしヒトを使った実験では放射性炭素を使うことはできません。環境中に存在する炭素の大半は炭素12(12C)ですが、それよりも重い安定同位体である炭素13(13C)を含んでいる農作物や化学物質を使用し、実際に人間が摂取して人体内での残留を調べるトレーサー実験を行いました。

画像:ヒトにおける炭素代謝実験のイメージ

放射性炭素は食物として体内に取り込まれます。そこで実験では、農作物は米と大豆、化学物質は3大栄養素である糖質、脂質、アミノ酸の代表的な化学物質を使用して実験を行いました。実験に用いた米、大豆は、閉鎖型生態系実験施設内において13CO2(二酸化炭素の炭素を炭素12から炭素13に置き換えたもの)に暴露して光合成により炭素13を取り込ませて栽培したものを使用しました。また、化学物質は、糖質はグルコース、脂質はパルミチン酸、アミノ酸はロイシンであり、それらを構成する炭素を炭素12から炭素13に置き換えた化学物質を使用しました。

これらの農作物や化学物質をそれぞれ実験に参加した被験者が摂取し、摂取の約2週館前から摂取後約4ヶ月の期間にわたり、呼気、尿、便、血液を試料として採取しました。なお、期間や採取試料に関しては作物や化学物質の違いにより若干異なります。

画像:ヒトにおける炭素代謝実験のイメージ

実験結果から放射性炭素の体内残留を推定する

炭素13(13C)を含む米や大豆、三大栄養素である糖質、脂質、アミノ酸の代表的な化学物質をそれぞれ摂取した被験者から採取した呼気や排泄物に含まれる炭素13の濃度を測定し、放射性炭素が取り込まれた場合にどのくらい体内に残留するのか推定を行いました。

実験結果の一例として、糖質の代表的な化学物質であるグルコース、脂質の代表的な化学物質であるパルミチン酸をそれぞれ摂取した被験者から採取した呼気に含まれている炭素13の摂取後の濃度変化の測定結果を示します。

画像:呼気中の炭素13同位体比

呼気中の炭素13の濃度はいずれの場合も摂取した直後から上昇し、1日以内にピークをむかえてその後は徐々に減っていくことがわかります。しかし、糖質では3時間後、脂質では8時間後にピークが見られたことから、栄養素によって排出のされ方が異なることがわかりました。

これらの実験結果を総合して放射性炭素の体内残留率を推定し、ICRPモデルで計算した残留率との比較を行いました。なお、下図の実験からの推定値は、糖質、脂質、アミノ酸のそれぞれの実験結果から、日本人の平均的な栄養成分比になるように調整して推定したものです。その結果、取り込まれた炭素は比較的早い段階で排出され、実験を行った約4か月の期間でみるとICRPモデルよりも残留率が低くなっていることがわかりました。

画像:放射性炭素残留推定値

再処理工場の建設にあたり実施された安全審査において、放射性炭素による内部被ばく線量はICRPモデルに基づいて評価されています。今回の実験結果から、摂取した後の4か月間で見ると、ICRPモデルによる被ばく線量は大きく評価されている=より安全側に評価されている、ことがわかりました。

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