排出放射性物質影響調査

過去の主な成果

大気中に放出されたトリチウムについて

再処理工場の運転にともない放射性廃棄物が出てきますが、そのうちの一部に取り除くことが困難なものがあり、最終的に気体状のものは大気へ排出、液体状のものは海洋へ排出されます。大気や海洋に排出される放射性物質の一つにトリチウムがあり、周辺住民の科学的に正確な被ばく線量を予測するためには、その放射性物質の動きを正確に予測することが求められています。

2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故では放射性物質が環境中に放出されました。特に放射性セシウムによる環境汚染が深刻な問題となりましたが、他にも原子力発電所事故由来の放射性物質であるヨウ素やトリチウムも放出されています。しかし、トリチウムはその測定が容易では無く、特に事故後のトリチウムの動きについてはあまりわかっていませんでした。

ここでは、事故後に原子力発電所の周辺で採取された植物中のトリチウム濃度を測定し、その結果から大気中のトリチウム濃度を推定するとともに、最大濃度であった場所に人がいた場合にトリチウムから受ける放射線量を推定した結果について紹介します。

環境中に存在するトリチウム

画像:東京、千葉における降水中トリチウム濃度

トリチウム(T)は水素(H)の放射性同位体であり、環境中のトリチウムは、そのほとんどが水(H2O:HHO)の水素と置き換わって(HTO)として存在しています。

トリチウムは、その起源で分けると天然に存在するトリチウムと人為的に作られたトリチウム(天然放射性物質)の2つに分けられます。天然のトリチウムは宇宙から来る放射線が空気中の元素に作用して常に一定量作られており、最終的に水として環境中を循環しています。一方で、人為的に作られたトリチウムは、原子炉で作られるものの他、1950~1960年代を中心に行われた大気中核実験によって作られたものが環境中に存在しています。

画像:東京、千葉における降水中トリチウム濃度

植物中のトリチウム濃度の分布

2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故において、大気中にもトリチウムが放出されてはいますが、その大気中濃度は測定されていませんでした。しかし、大気中のトリチウムは植物の葉を通じて植物中に入るため、その時期に採取された植物中のトリチウム濃度を測定することで大気中トリチウム濃度を推定することができます。

そこで、2011年3月、4月に弘前大学の協力を得て採取した植物、7~8月に福島県農業総合センターの協力を得て採取した植物について測定を行いました。3月、4月に採取した植物は草本植物の地上部と常緑樹の葉です。草本植物とは、茎が木質となって地上に残らないような枯死するタイプの植物であり、ここではチジマザサやエゾノギシギシ、オオイタドリ等、常緑樹ではヒラドツツジ、ヒノキ、サワラ、サザンカ、松、スギ、アオキなどの試料を用いています。

下図に採取した時期ごとの植物中トリチウム濃度の測定結果を示します。測定方法は植物中に含まれている水を取り出して、その水の中のトリチウムが出す放射線を測定し、植物中の水1リットルあたりに何ベクレルのトリチウムが含まれているかを算出して植物中トリチウム濃度としています。2011年3月、4月に採取された植物では比較的高いトリチウム濃度が見られ、その値は原子力発電所に近づくほど高くなる傾向が見られました。また、7月~8月に採取された植物でも一般環境よりも高いトリチウム濃度が認められ、原子力発電所に近づくほど高くなる傾向が見られますが、3月、4月と比較すると減少していることがわかります。

画像:植物中のトリチウム濃度の分布

これらの測定結果から、大気中トリチウム濃度や、そのトリチウムから受ける放射線量を推定することとしました。推定する際の想定として、事故後に立ち入りが可能であった20km地点以遠の最大濃度地点に事故後から2011年内に常にいた場合に受ける放射線量(内部被ばく線量)を推定することとしました。

トリチウム濃度と内部被ばく線量の推定

2011年の3月、4月の植物中トリチウム濃度測定の結果を見ると、4月に原子力発電所から約20km地点で測定された赤い点が最大値となり、植物中の水1リットル当たり167ベクレルのトリチウムが含まれていました。しかし、その地点での2011年3月のデータはありません。そこで3月と4月に近い地点で採取された植物試料中トリチウム濃度を比較してその比を求め、その比の中の最大比を用いて4月に最大値を示した地点の3月のトリチウム濃度を推定しました。その結果、最大比は17倍であったことから、植物中トリチウム濃度を2,800ベクレル/リットルと推定しました。

画像:トリチウム濃度と内部被ばく線量の推定

続いて、この植物中トリチウム濃度推定値を元にして、大気中トリチウム濃度を推定しました。大気中トリチウム濃度とは、大気中の空気1リットルあたりに含まれているトリチウムの量を表すもので、ここでは「ベクレル/リットル-空気」という単位で表します。原子力発電所事故直後は、植物の根がある深さまではトリチウムは到達していないと見なすことができます。従って、植物中トリチウム濃度は大気中トリチウム濃度とその当時の相対湿度で決まることとなり、相対湿度がわかれば大気中トリチウム濃度が推定できます。当時の福島市の相対湿度のデータを用いて推定した結果、大気中トリチウム濃度は5,600ベクレル/リットル-空気となりました。また、同じ地点で8月に採取した試料から同様に推定した結果、17ベクレル/リットル-空気となりました。

これら大気中トリチウム濃度の値から、その地点に事故後から2011年内にその場所に常にいた場合に受ける放射線量を求めました。なお、トリチウムから受ける放射線量は内部被ばくを想定しており、3月から8月、8月以降の大気中トリチウム濃度はそれぞれ一定であったと仮定しています。

画像:大気中トリチウム濃度を推定

その結果、3月~8月は3マイクロシーベルト、8月以降の2011年内では0.01マイクロシーベルトとなり、法令で定められている一般の人々の年間線量限度1,000マイクロシーベルトと比較して小さな値であることがわかりました。

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