排出放射性物質影響調査

過去の主な成果

低線量放射線照射マウスの寿命について

これまでのヒトの放射線影響に関する研究は、原爆被爆者や原子力関連の作業者、自然放射線量の高い地域の住民などを対象とした健康影響調査(疫学調査)が主なものでした。しかし、調査対象となる人数の限界、線量や線量率の精確さ、性差や人種差及び喫煙・環境変異原などの個人差が存在するため、解析データの不確実性が常に問題となってきました。

そこで、これまでの疫学調査等で得られた知見を「実験により実証すること」を目的として、マウスを用いた寿命試験を行いました。

寿命試験の実験方法

放射線の影響を調べるため、マウスの「寿命」を指標として実験を行いました。実験ではマウスの性質が実験に適しており且つ均一なものが一定数確保でき、安定した状態で終生飼育が可能な環境を作ることが重要となります。

そこでマウスは比較的病気に強いとされるB6C3F1という実験用マウスを使用し、オス・メス及び照射条件ごとにそれぞれ500匹ずつを実験に使用しました。またできる限り放射線が寿命に与える影響だけを見ることができるよう、マウスにとって特定の病原体がいない状態(SPF)で終生飼育できるような環境を整え、以下のような照射条件で実験を行いました。

画像:飼育環境・SPF(特定の病原体がいない状態)のイメージ

mGy : ミリグレイ (参照:放射線の単位

ヒトの被ばく線量を表す単位はSv(シーベルト)が使われますが、実験ではマウスを使用しているためGy(グレイ)が使用されます。本実験では、ガンマ線をマウス全身に均等に照射する形で行われたので、ヒトへの被ばく線量に置き換えることができると仮定した場合、ミリグレイはそのままミリシーベルトに読み替えることができます。

これまでヒトの放射線影響について調査されてきた結果は、放射線を受けた総量(線量)に対してのものが中心でした。しかし強い放射線を短時間に受けた場合(高線量率)と逆に弱い放射線を長時間受けた場合(低線量率)では、線量が同じでも影響が違うであろうということは想像できます。

生物の放射線影響を調べるために実験で照射される線量率は、原子力施設の作業者や周辺住民の被ばく線量率と比較するとかなり高いものでした。しかし寿命試験では1日あたり0.05ミリグレイという、これまでに行われた放射線生物影響研究の中でも世界トップクラスの低線量率での実験であり、その重要性は注目されています。

照射条件の意味

寿命試験では非照射及び3つの照射条件に設定しました。線量はそれぞれ低・中・高線量になりますが、線量率は全て低線量率の範囲となります(参照:放射線の量)。しかし実験条件で設定した一番低い線量率でも自然放射線の約20倍であり、 ここで使われている「低線量率」という表現は科学的な定義であるということに注意が必要です。

寿命試験において設定した線量・線量率には以下のような意味があります。

線量率
(mGy/日)
総線量
(mGy)
線量・線量率の意味
非照射 照射したマウスと比較するための集団
0.05 20 自然放射線の約20倍=職業人の年平均線量限度に相当
1 400 原爆被爆者の平均被ばく線量の範囲に相当
20 8,000 発がん等影響が確実に現れると予測される線量

mGy : ミリグレイ (参照:放射線の単位
400日間連続照射、ただしマウス飼育管理(2時間)のため1日あたり22時間の照射とする。

また最近の研究の結果から、ヒトでは100ミリシーベルト(mSv)を超える放射線の被ばくで、がんによる死亡リスクが高くなることが報告されていますが、それ以下の線量ではわかっていません。従ってこの実験では、総線量400ミリグレイ(mGy)以上では寿命に影響が見られる可能性がありますが、わかっていない総線量20mGyの結果は注目すべき結果となります。

寿命試験の結果

下の図が寿命試験の結果です。図中の青い線が放射線を照射していないマウスの日齢ごとの生存率を表しており、マウスの放射線による寿命変化を見る上での基準になります。

画像:寿命試験の結果のグラフ

総線量8000ミリグレイ(mGy)の放射線を照射したマウスの実験結果である赤い線を見ると、オス・メスともに基準(青い線)に比べて左側に位置していることがわかり、生存率が下がる、つまり寿命に影響があったことがわかります。非照射マウスの平均寿命はオスで約900日、メスで約850日ですが、この結果からオスで約100日、メスで約120日の寿命短縮が見られました。

総線量で400mGyの放射線を照射したマウスの結果(橙色)では、オスでは影響が見られませんでしたが、メスでは600~800日齢の部分で基準よりも左側に位置していることがわかります。このことからメスでは寿命に影響があったことがわかり、約20日の寿命が短縮が見られました。

総線量で20mGyの放射線を照射したマウスの結果(緑色)では、オス・メスともに寿命への影響は見られませんでした。

寿命試験で得られた結果は、ヒトを対象とした健康影響調査(疫学調査)で得られた知見を実証する結果となりました。これまで、これだけ大規模に実験動物を使った実証試験は行われたことが無かったため、貴重なデータとして各方面から認められています。

しかし、本実験の結果はマウスで起こった現象であり、 「低線量率・低線量放射線のヒトへの健康影響を調べる」ために、この実験結果を出発点として細胞、遺伝子レベルでの研究を進めています。

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