排出放射性物質影響調査

過去の主な成果

放射線と白血病(線量率による違い)

放射線被ばくにより発生するがんの代表的なものの一つに白血病が知られています。これまでの原爆被爆者の疫学調査やマウスを使った研究では、高線量率・高線量放射線の被ばくにより白血病が早期に発生することが知られており、その早期化のメカニズムについても研究が進んでいます。

低線量率放射線をマウスに長期間照射してその寿命の変化を調べる実験(寿命試験)を行った中で、低線量率放射線の条件で高線量照射したマウスでも白血病が有意に早期化していることが明らかになりました。このような低線量率放射線によって発生する白血病が高線量率放射線によって発生するものとの間に違いがあるのか、調査を行いました。

照射条件の違いによる白血病発生の違い

高線量率で高線量の放射線を被ばくした原爆被爆者の疫学調査の結果から、被爆後最初の10年の間で白血病の早期の発症が見られています。また、マウスを使った高線量率・高線量放射線照射実験でも同様の現象が確認されています。その後、低線量率放射線が寿命に与える影響を調べた寿命試験において、20ミリグレイ/日の低線量率で長期間連続照射をして高線量になった群についても白血病が有意に早期化していることがわかりました。低線量率、中線量率、高線量率で高線量放射線をマウスに照射して白血病を調べた結果を以下に示します。

画像:白血病発生率のグラフ

この結果から、放射線の線量率が高くなるほど、白血病の発症する時期が早くなっていることがわかります。また、一生を通しての発症率を比較するとほとんど差がありませんでした。

高線量率・高線量放射線によるヒトやマウスの白血病細胞に関しては研究が進んでおり、それぞれ特定の染色体異常や遺伝子変異、白血病の起源となる細胞(白血病幹細胞)があると考えられています。しかし、低線量率で高線量放射線を照射したマウスの白血病についてはこれまでほとんど研究が行われていません。そこで低線量率・高線量放射線照射で早期に発生した白血病と高線量率・高線量放射線で発生した白血病の発症する仕組みの違いについて調査を行いました。

白血病で見られる染色体異常の線量率による違い

高線量率・高線量放射線を照射したマウスに発生した白血病では、血液中の赤血球数の減少や白血球数の増加、脾臓の腫れ、骨髄が白っぽくなるなどの症状が観察されます。その早期に白血病を発症したマウスの脾臓や骨髄中から採取した白血病細胞の染色体を調べると、その約90%で2番染色体に異常が見られます。

画像:白血病で見られる染色体異常の線量率による違いのイメージ

放射線を照射しないマウスに発生した白血病及び低線量率、中線量率、高線量率の放射線を照射したマウスに発生した白血病の白血病細胞について、2番染色体を対象に解析を行った結果について以下に示します。

画像;白血病2番染色体を対象に解析を行った結果

高線量率・高線量放射線を照射したマウスの白血病細胞では、白血病原因遺伝子の一つである2番染色体上のPU.1遺伝子周辺の欠失が高い頻度で見られますが、照射した放射線の線量率が低くなるほどPU.1遺伝子周辺の欠失の頻度が低くなっていることがわかります。

更に低線量率放射線で発生した白血病の高線量率との違いについて解析を進めるため、白血病マウスの骨髄に含まれる白血病細胞の細胞分化段階について解析を行いました。

線量率による白血病タイプの違いを調べる

白血病は主に骨髄中に存在する造血細胞の増殖や分化を制御する働きを担う遺伝子の変異によって引き起こされます。下図のように、造血幹細胞は多能性前駆細胞から骨髄球系共通前駆細胞やリンパ球系共通前駆細胞、そして赤血球や白血球、リンパ球というように、各分化段階を経て作られています。白血病には様々なタイプが存在し、この分化段階のどの部分に異常があるかを調べることでその違いを判別することが可能です。

そこで、低線量率放射線と高線量率放射線で生じた白血病の違いを調べるため、高線量率放射線で特徴的な2番染色体の欠失を持つ白血病と、低線量率放射線で生じた2番染色体の欠失の無い白血病に分けて、それぞれの白血病マウスの骨髄に含まれる白血病細胞の細胞分化段階について解析を行いました。その結果を以下に示します。

画像:線量率による白血病タイプの違い

数値は、各分化段階での健常なマウスの細胞数に対する白血病での細胞数の比を表しています。

高線量率放射線でよく見られる2番染色体の欠失が有る白血病では(図中の赤い数字)、健常なマウスに比べて全ての骨髄細胞のもとになる造血幹細胞の数は変わりませんが、骨髄球系共通前駆細胞の数が5倍に増加し、ほとんどの成熟した細胞(赤血球やマクロファージ、顆粒球系白血球)が減少しています。

対照的に、低線量率放射線でよく見られる2番染色体の欠失の無い白血病では(図中の青い数字)、造血幹細胞とリンパ球系共通前駆細胞が増加し、未熟なT細胞と顆粒球系白血球以外の成熟した細胞が減少しています。

これらの細胞分化段階の解析結果から、低線量率の放射線で発症する白血病と高線量率放射線で発症する白血病は異なるタイプであり、造血細胞のそれぞれ異なる細胞分化段階の細胞が異常に増加することによって発生していることがわかりました。

白血病幹細胞を特定する

最近の研究では、白血病幹細胞と呼ばれる白血病を発症するもとになる細胞が存在することが知られてきました。その白血病の起源となる白血病幹細胞が違うことで白血病のタイプが異なると考えられています。そこで、白血病細胞を細胞分化段階の違いによって7つに分類し、低・中・高線量率放射線で生じた白血病マウスから各分化段階の造血細胞を取り出して、それぞれ同系統の健常なマウスに移入して白血病幹細胞を特定する実験を行いました。移入後に白血病を発症した場合、その細胞に白血病幹細胞が含まれています。

画像:「白血病幹細胞」の特定の結果

その結果、低線量率の放射線で発症する白血病の白血病幹細胞は主にリンパ球系共通前駆細胞に近い性質を持ち、高線量率放射線で発症する白血病の白血病幹細胞の多くは骨髄球系共通前駆細胞に近い性質を持つことがわかり、白血病のタイプが異なることがわかりました。

これらの結果は、より低い線量率の放射線を長期間被ばくした場合の白血病発症リスクを正しく評価する尺度を定義する上で重要な情報となります。

生物影響調査の一覧へ戻る